セキュリティの入門本なのだろうか #スマホを落としただけなのに

読んだ。面白かった。

ざっくりとあらすじを書くと彼氏が落としたスマホを連続殺人犯が拾ってしまい、そのせいで彼女が狙われてしまう話となる。犯人はあの手この手で彼女の情報を取得していくわけだけれど、その手口が非常に具体的でよく調べてるなと思った。やろうと思えば出来るだろうなと思われることが非常に多くて、SNSを使用したソーシャルハッキングとかよく調べてるなという印象。ただ、そこが非常に上手く出来ているせいか、内容よりもそちらに目が向いてしまったのが悲しい。職業柄、プログラミングやハッキング手法などが出てくると、それが実現可能なのかを頭で考えてしまうのだが、そんなことを考えない人であれば楽しく読めるんじゃなかろうか。

しかし、最後に出てくる裏設定は必要だったのか?その感動を作るためだけに出てくる設定がかなり気になった。突如出てきて、「ほら、いい話でしょ」と言われても僕は全然感動できなかった。結末が難しすぎてしょうがなく入れたのかもしれないが、よくわからなかった。全体的に話の流れもわかりやすくテンポも良いので読みやすいと思うので、SNSの怖さ、ハッキングの怖さ、インターネットの怖さをわかりたい人は読んでみると良いと思う。話の内容は特にこれといって、だが勉強のために読むのは良いと思う。

ゲーム中の駆け引きはおもしろかった #プロパガンダゲーム

読んだ。綺麗にまとめました感が強かった。

ざっくりとしたあらすじを書くと、変わった入社試験の話になる。その変わった試験というのは、集団面接に集められた人間を政府側とレジスタンス側に分けて戦争をするかしないかについて市民を扇動する。先導した結果、戦争賛成が多ければ政府の勝利、戦争反対が多ければレジスタンスの勝利となる。巧みな心理戦を期待して読み始め、プロパガンダゲーム中は非常に盛り上がるので面白い。そう、ゲーム中は非常に面白かっただけにその後の話はもっと単純にまとめればよかったのではないかと思ってしまった。

戦争を扇動するという難しいテーマについては書いているだけあって、オチの付け方が非常に難しかったのだろう。現在、北朝鮮との緊張が高まっている現状、戦争という言葉が現実味を帯びているからこそ誰かが考えた仮想的な戦争についての討論というのは面白かったが、せっかく小説なのだからもうちょっとぶっ飛んだオチでも良かったのではないかと思ってしまう。問題提起をするのもいいだろうが、小説ぐらいもうちょっと気楽に読めたほうが楽しいんじゃないだろうか。

極楽だけに「毒」がないのが残念 #極楽プリズン

読んだ。あまり毒が無いなと思った。

あらすじをざっくり書くと飲み屋の与太話だと思う。初めて入ったバーでたまたま隣りに座った男の与太話が延々続くわけだけど、この男の離す内容があまりにも突拍子もなさすぎて思わず引き込まれてしまう。脱獄自由で何をするのも自由な刑務所なんて刑務所の話なんて普通は信用できないけど、酒の肴として聴くには非常に面白いと思うし、もし僕がたまたま入ったバーの隣に座った人が同じような話をしてきたら続きが気になってしまうだろう。そういった意味では現実味があり、はなしてることは現実味がないというバランスが良いと思う。

僕は木下半太という作家が好きで、この人が書いた作品は何個か読んでいるのだけど本作ではこの人特有の「毒」が非常に薄かった。この人は人間の毒をコミカルなシチュエーションと性格でオブラートに包むのが非常に上手く、僕が好きな理由もそこにある。しかし本作では出てくる人間は最終的にいい人しかいないし終わり方もきれいになっている。設定の妙と大きな仕掛けは相変わらず素晴らしいと思うが、「毒」が好きな僕からすると少し残念な作品だった。これを読むなら「悪夢のエレベーター」とか「鈴木ごっこ」とかの方が木下半太らしく面白いと思う。きれいな話が好きな人なら読んでみても損はしない作品だと思う。

不幸の預言書によるずれた運命の交錯 #共犯マジック

読んだ。予想と違うまとめ方だった。

この本のあらすじをざっくり書くとよく当たると評判の占い本に運命を狂わされた人間たちの話となる。本の運命が狂わされるという前提で話が進んでいくにも関わらず、別にそこまで運命狂わされてないじゃないかと思ってしまう。この本を手に取った予想としては、例えば「交通事故にあう」と予言された人間があの手この手を使って交通事故を回避しようとするが、その結果交通事故にあってしまうというような話かと思った。しかし内容はぜんぜん違う。最後に全てを集約させるために一つ一つの点を物語として記載し、その鍵として預言書をもってきている用に読めたので、預言書の絶対感が薄い。万能的な予言ではなく、巷に溢れているふわっとした予言と変わらないように読めてしまう。

僕がこの本を読み出すのは帯に記載された「あなたも知らずに共犯になる」という文言だった。しかし僕にはどこが共犯になるのかわからなかった。本を読んだからこそ微妙に運命がずれた結果の話が記載されているので、僕もこの本を読んだことによって本来進むべき道からずれてしまい、何らかの今日何になるのかもしれない。しかし僕にはそれは現時点ではわからないし起こった後もわからないのだろう。という感想ぐらいは出て来るが、読んだほうが良いかと言われるとそこまでおすすめはしない。読みたければ読めばいいと思うが、別の本を読んだほうが面白いんじゃないかと思う。

ループする法則が新しいループもの #七回死んだ男

読んだ。ループものとしては及第点は取っていると思う。

あらすじをざっくりいうとたまに1日を繰り返してしまう体質を持つ主人公がおじいさんが死んでしまうのを阻止する話となる。何をやっても死んでしまうおじいさんをあの手この手で阻止しようとする主人公の奔走は面白い。ループものは多々あるが、繰り返す回数が決まっていて8週目に行ったことが現実となるという設定も新しい。新しいと言いながらもこの話自体が古いのでこの話を見てからループものを書いている人のほうが多いのかもしれない。

最後にどんでん返しが!みたいな噂から読み出した本だったが読み終わった感想としてそこまでどんでん返しというわけでもないと思う。全てが終わった後に切れ者の僕が答え合わせをして読者にちゃんと説明するのは好意がもてるが、後日談は必要だったのかがよくわからない。やはりループものは終わり方が難しいのだろうか。若者が書いて書き終わったのに終わらせたくなくて書いちゃった感じがいなめない。

全体的にほんとしては読みやすくループものが好きな人なら読んで損は無いんじゃなかろうか。別にどんでん返しもないと思って先を予想せずに読み進めていけば楽しめると思う。しかも、作者のあとがきが3個乗っているというのがなかなか趣深い。

大まかにうなずけて細かいところが気になる #革命のファンファーレ

読んだ。ちょっとだけファンファーレが鳴った気がした。

この本を手に取ったのは見城さんがひたすら褒めていたのでどれほどのものなのかと確かめてみようと思ったからだ。読んだ感想としては今まで色々な場所で西野さんが話していることがまとまっているだけであまり目新しい話はなかった。なので、西野さんの話をあまり聞いていない、知らない人にとっては面白い本になるだろうが、お騒がせ芸人として西野さんをウォッチしていた僕にとっては本として読むほどでもなかった印象だ。

この本に記載している内容はほぼ「煙突町のプペル」という絵本についての話になる。この本を作り始めるための構想、作り終わった後にどうやって売るのか、一旦売り上げの波が収まった時にどうやって盛り上げたか等々、「煙突町のプペル」を起点として西野さんの考え方、思考の流れをざっくりと書いた本になる。なので、この絵本という題材を各自が自分が立ち向かっていくべき敵へと置き換えて咀嚼する必要がある。僕が期待していたのは、「煙突町のプペル」の作り方を一般的な話に西野さんの頭で置き換えた話しだったのだがそういうことは書いていない。この本を書くのはすんなりと終わったとどこかで話していたが、題材を変えずに自分がいままで考えて来たことを書き出すだけなのだからすんなり書けたというのもうなずける。できればもうちょっと難産になるであろうことに挑戦してほしかったものだ。

ただ、この本は「あがった」人に向けている話になると思う。元2ch管理人のひろゆきさんが外国に住んでいる理由を「日本では下駄を履いた状態で色々なことが出来るため面白くないから」と語っていた。ひろゆきさんがなにかを発表した場合、それは一般人が発表した場合に比べて話題になりやすいし、会いたい有名人が出てきた場合にひろゆきさんは一般人よりもその人に会える可能性は高いだろう。この状態をひろゆきさんは「あがった」と表現していたのだが、西野さんはこのあがった状態体の人間なので一般人はその状態まで持っていくための努力を更にする必要がある。

なので、この本にかかれている「クラウドファンディングと芸能人は相性が悪い」というのは違うと思う。芸能人がクラウドファンディングをするのと一般人がクラウドファンディングをするのでは見てくれる母数が違う。つまり、この本でも書いている「著作権を破棄することで母数を増やす」というのと同じように最初から見てくれる母数が違うのだから書いていることは矛盾している。この本ではロンブーの敦さんが行っているクラウドファンディングの話を元に芸能人とクラウドファンディングの相性が悪いと書いているが、あれはただ単純に企画が悪い。調べると一軒しか出てこないのでそれのことを言っていると思うのだが、あんな案件を一般人が行ったら1万円も集まらないのではなかろうか。それを芸能人のパワーで400万まで引き上げたのだから相性が悪いわけではない。単純に企画が悪いだけだと思う。

この本を読むと突っ込みどころが多いが、その分ヒットを生み出すために色々なことを考えに考え抜いて「煙突町のプペル」という作品が出来上がったのだということがよく分かる。「神は細部に宿る」とよく言うが、西野さんのように最後まで考え抜いて考え抜かなければ人に物を届けるというのは難しいのだろう。西野さんは「煙突町のプペル」を書く前に何冊か本を出している。それを作った時は「これは100万部は売れるぞ!」と意気込んだにも関わらず、1万部しか売れなかったらしい。もちろん絵本で1万部も売れればベストセラーなのだが、思ったより売れなかった理由を考えた結果、ものを作るというのは作品ができあがることを言うのではなく、出来上がった作品がお客さんの手のもとに届いて初めて作品ができあがると定義してものづくりを始めることにしたのが「煙突町のプペル」なのだそうだ。

僕がこの本を読んで一番感銘をうけたのはこの部分だ。何かを作る人間にとって作り上げるまでが自分の領分だと思いがちだが、作り上げるだけでお客さんの手に届かなければそれは作ったものとしては価値がないし意味もない。お客さんの手に届いた時点で初めて作り上げたものは価値を持ち出来が経ったものとして認識されるのだろう。どうしてもものづくりをする人間は宣伝せずとも素晴らしいものを作れば勝手に人は手に取り勝手に広がっていくものだと考えがちだ。出来上がったものが広がらなかったのは出来上がったものが悪かったわけではなく、単純に表舞台に上がることすらできなかっただけかもしれない。まずは表舞台にあげる努力をしなければならず、そこまで含めてものづくりだと考えて作業するべきなのだろう。

「君の膵臓を食べたい」が好きな人におすすめしたい – 屋上のテロリスト

読んだ。男性版少女漫画だなと思った。

ざっくりあらすじを書くと、女子高生テロリストの話になる。もし、日本がポツダム宣言を受理しなかったと仮定して、今の北朝鮮と韓国のように北日本と南日本に別れたパラレルワールドが舞台となり、あからさまに北と南の作りが朝鮮半島を意識させているなと感じた。やはり想像しやすいというのは物語を理解する上で重要なので、実際存在する対立関係を使って書いているのはすごく良いと思う。

この話を読むと「君の膵臓を食べたい」を思い出してしまう。あまり活発ではなく覇気がない男の子が、活発で自己中な女性に振り回される。しかし、女性は人気者で顔がよく少しづつ女性に轢かれていってしまうという少女漫画を真逆にしたような設定が非常に近い。男性が女性化しだしているとよく聞くが、それにともなって男性も自分が主人公の少女漫画を読みたいと考えるようになってきたのかもしれない。

結末がすごいという評判で読み出したこの本だが、べつに結末は普通だと思う。途中からこうなるだろうと予想したとおりに話が進んでいくので読んでいてストレスはない。読みやすい文章とわかりやすいシチュエーションと流行りの人間関係を上手く使っているこの本は読み手を選ばずに好まれるのではないかと思う。僕も結末での裏切りを期待して手に取った本ではあったが、期待を裏切られたにも関わらず面白く読めた。おすすめできる本だと思う。

挑戦的な文章構成で読み手を選びそう – 殺意の対談

読んだ。挑戦的な書き方だなと思った。

この本は短編集でインタビューされている人間の心の声を記載しながら、途中途中で回想が入っていくという挑戦的な文章構成になっている。僕はかろうじて受け入れることが出来たけれど、なかなかすっと頭に入ってきにくい構成なので読む人を選ぶ作品だと思う。「殺意の対談」というタイトルだけに、対談中に言葉ではニコニコと話しているくせに裏側では殺意を抱いている裏表の描写や、対談している人間の視点が切り替わったときの見え方が180度変わってしまうストーリー展開は非常にうまいと思う。さらにバラバラに見える対談が最終的に一つになっていく様は玄人好みしそうな話だとは思うが、作者のドヤ顔が文章に透けて見える感じを受けてしまって別にそこまでしなくてもいいんじゃないかなと思わなくもない。

この作者は「神様の裏の顔」という本を読んでから新作が出る度に手にとって読んでいるわけだけれど、今のところ2冊読んで「神様の裏の顔」を超える面白さを感じることはなかった。だからといってこの本が面白くないというわけではなく、「神様の裏の顔」という作品が僕の好みにあっていて、非常に面白かったと言うだけなので、この挑戦的な文章構成が受け入れることができるのであれば読むに値する本だと思う。体に合わなかったらやめるぐらいの軽い気持ちで、最初10ページぐらい立ち読みしてから買うことをおすすめしたい。

砂に怖がらずに最後まで読んでほしい – 砂の女

読んだ。砂の描画が怖いし痛い。

ざっくりとあらすじを書くと「砂に埋れた集落に監禁された男の話」になる。とにかく砂が出てきて目を開けられないとか、汗で砂が湿ると体に張り付いて化膿するとか、つばが砂に座れて喉が渇くとか、うがいをしても砂が残るが喉の渇きに耐えきれずに砂ごと飲むとか、砂に関わる記述が生々しくて非常に怖い。閉じ込められる恐怖と砂による追い込まれ方とわけの分からない村人との会話といい僕だったら発狂してしまいそうな状況だ。

そんな恐怖に満ち溢れた物語だけれど、読了後はなんとも言えない気分になる。今いる自分の環境は砂に埋れた集落より良いのかもしれない。しかし、僕がいる環境よりもいい環境というのはいくらでもあるだろうし、その僕よりもいい環境に住んでいる人間からしてみれば僕はなんと恵まれない人間なのかと馬鹿にされるのかもしれない。結局人間は自分が与えられた環境でいかに幸せを感じながら生きていくかでしかなく、過去でもなく未来でもなく今を楽しむのが良いのだろう。

今いる環境をどうにかしようと未来に向けて生活するのもよいが、目指すべき未来にむかうよりも楽しく幸せな現実がすぐそこに転がっているのかもしれない。現在の状況というのは自分から見れば辟易するようなものかもしれないが、他人から見れば喉から手が出るほど欲しいものかもしれない。どんな環境であれ、直ぐそばにある幸せを感じることができるアンテナを張り巡らせる方が、生活水準を向上するためにもがくよりも豊かで楽しい人生を歩めるのかもしれないと思わされた。

読む音楽 – 蜜蜂と遠雷

読んだ。文章力に圧倒された。

ざっくりしたあらすじは音楽コンクールの人間模様になる。この本は本屋大賞と直木賞のダブル受賞というネームバリューとカードのポイントが余っていたので普段は買わない本を買おうという不順な動機が相まって買ったわけだけど、好みの話ではないが読んでよかったなと思うことが出来るぐらいの内容ではあった。音楽コンクールの話なので「音」についての記述が頻出するのだけど、音楽という物をここまで文字で表すことが出来るのかと驚愕した。読んでいて情景が浮かんでくるというのはよくあるが、「音」が聞こえてくる、しかも僕はクラシックなどほとんど聞いたことが無いにも関わらずクラシックの音楽が聞こえてきそうな文章というのは初めて読んだ。ここまで文章で表してしまったら、本屋大賞とか直木賞とかとるわなぁと思わず納得してしまう。

内容的には綺麗な話だなと思う。登場人物がほとんど天才だけれど、正統派の天才と突然変異型の天才の対決というのもなにかいい。悪く言えばありきたりの人間たちが出てくるわけだけど、すべての人が個性的で感情豊かですんなりと自分の中に入ってくる。努力型の凡人もちゃんとでており、こういう対決物としてよく浮かぶ人間のタイプはだいたい網羅されてる感がある。きれいな文章で綺麗な音楽を聞きたい人にはおすすめの本だと思う。