懐かしきスクールカーストよ – しろいろの街の、その骨の体温の

読んだ。ざっくりとどういう本かと説明すると「うだつのあがらないスクールカーストの低い女の子と、スクールカーストに気づかない鈍感男性の淡い青春を描いた作品」だと思う。

若い頃ほど自分の周りが世界の全てで周りの評価が自分のすべてであるように錯覚してしまう。小学生・中学生におけるスクールカーストは絶対的であり上から下に関わることはあっても下から上に関わることなんてほぼなかった。目立つグループを横目で見ながら波風をあまり立てないように過ごしていた小さいころの心の揺れを数倍にして書いたらこんな文章になるんだろうと思ってしまう。

その人がその人であるというのはどういうことか – ふくわらい

読んだ。なんか禅というかなんというか不思議な作品だった。

この話は一人の福笑い好きの女の子が大人になるまでの話で西かなこさんらしさを感じられる本になっていると思う。読んでいると西かなこさんの語りかけている声が聞こえてきそうな文章が印象的な作品だった。

この本で描きたかったことというのは何なのだろうか。純真無垢で自分が思っていることをそのまま口に出してしまうような主人公は作者の生き写しの様に感じられる。人というのは周りの人が感じてくれるから人で「顔が」とかそういう俗な肉体に縛られたものではなく、そのへんに落ちている石をその人だと思えばその人だと感じることが出来るということを書きたかったのだろうか。それを上手く表現するために「ふくわらい」というものを題材として眼や鼻をあるべき市ではない部分に移動してもその人はその人であるということを書きたかったのだろうか。

良い文章だとは思うが私の力では読み取れなかった部分が多かったようなきがするので、もうちょっと歳をとってからもう一度読んでみたい。

伊坂節が非常に光る作品 – 残り全部バケーション

読んだ。久しぶりに伊坂節を感じるできた作品だと思う。

本作品はちょっと憎めない何でも屋の日常を記載した短編集なのだが小気味良くて読みやすい。やってることは当たり屋とか人さらいとか物騒なはずなのに、伊坂幸太郎という人間の手にかかればどんなに物騒な人でも憎めない人間味溢れる人に感じてしまうから不思議だ。

僕は伊坂幸太郎さんの作品が好きで文庫化されているものは大抵読んでいて バイバイ、ブラックバード (双葉文庫) が特に好きなのだけど、この作品が好きな人にはぜひ読んで欲しい。伊坂幸太郎らしい伏線の回収やテンポの良い文章といいらしさが詰まった作品だと思う。

最近の伊坂幸太郎さんの長編が間延び感を感じてしまって敬遠していたわけだけど、本作を読んで短編の切れ味の鋭さは健在でやはりこの人が書く作品は面白いと再認識できてよかった。作家は突き詰めていけばいくほど文章が鋭くなり、最終的には星新一のようなショートショートに行き着くのかもしれない。

ねっとりとしたまとわりつく恐怖がそこにある – 残穢

最近映画化されてCMがバンバン打たれているので気になって読んだ。怖い、確かに怖い。ねっとりとまとわりつく怖さがこの作品にはあると思う。

本作品はホラー作家の元に読者の体験談として「畳をする音が聞こえる」というよくある体験談が届いたところから始まる。畳をする音というよくある話の元をたどっていきながらその土地にまつわる事故や不吉なことを調べていきながら原因を調べていくというのが大体のあらすじとなる。

ホラーといえば、リングにおける貞子だったり、13日の金曜日におけるジェイソンだったり、エルム街の悪夢におけるフレディのように恐ろしい「なにか」を描いている作品が多数であろう。見えない何かを追われながらもなんとか探していくわけだが、調査対象である「なにか」というのは明確に存在している作品が多いと思う。しかし、この作品にはその明確な「なにか」というものは存在しない。首をつった女性だったり恨みをつらみの言葉を発する黒い影だったり周りを這いまわる赤子だったり抽象的なものは存在するけれど、これという明確な「なにか」が描かれていないのだ。

眼に見えないから恐ろしいし感じれないから恐ろしいというのがホラーの根本だと思う。その「なにか」をわざとわかりやすく表現せずにぼやけて書いているこの作品はわかりにくいねっとりとした怖さがそこにある。本当に恐ろしい話というのは、こうしてこの文章を紹介している僕にもなにか祟りがあるのかもしれないし、読んだだけでなにか起こるかもしれない。怖い話を読むのが好きだという人にはおすすめしたいが、読んだことで自分の周りに何か起こったとしても自己責任でお願いしたい。

映画も気になるのでみてみようかな。

懐かしき青春を思い出してしまう – くちびるに歌を

読みました。

昔から乙一さんが書いている本が好きで、最近新しい本を書かないなぁと思っていたらペンネームを変えて書いていたとは。。。中田永一さんとして書いている本を初めて読んだが、白乙一が書いているような爽やかな綺麗な本だという印象。予備知識も何もなしに読みだしたので、Nコンで歌われる歌として「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」の歌詞が出てきて、この歌はそういう歌だったのかとびっくりした。

白乙一さんらしく、文章が綺麗で上手くまとめられていてすごく読みやすかった。合唱部の青春というのは僕は味わったことが無いわけだが、男女共学で一つの目標に向かって進んでいくのは楽しいんだろう。「夜のピクニック」を読んで以来久しぶりにこんな青春を味わっておけばよかったかなと思えた作品。

集団的自衛権を考える上でも読んでみて欲しい一冊 – 教団X

西かなこさんや又吉さんなど著名人が今読むべき本をあげるとしたら?という問いに揃って答えているので興味をそそられて読んでみた。物語の内容を一言で言うのであれば「新興宗教の末路にまつわる人間模様」を描いた本だと思う。新興宗教を描いた本だけにこの本では宗教の話が色々登場する。人はなぜ生きていくのか?運命というものは存在するのか?神は存在するのか?そういう疑問を読者に投げかけ、宗教戦争の裏で行われているであろう国や企業による利益を得るための暗躍についてメスを入れている。

宗教は人間に何をもたらすのだろうか?宗教は人間が人間らしく幸せに生きていくために存在するものだと僕は思っている。周りの人間との不協和音を取り除き、自分がより高みに成長するために存在するものなのだろう。しかし、戦争のほとんどは宗教が絡んでいると言われていたりもするというこの現状を考えると幸せになるために信仰する宗教が人々を不講師にしているというのはなんという不幸なのだろうか。

人間は本能的に死を恐れる。人は死ねば無になるのだろうか?それとも死後の世界というものが存在しその人が生きてきた人生によってその後が決まるのだろうか?死んで戻ってきた人間がいない限り死後の世界に触れることはできず、全くわからない未知なる恐怖として人間には死というものが生きている限りまとわりつくのだろう。死の恐怖の軽減のためにも宗教というものは役に立っているのかもしれないが、僕は狂信的に信じている宗教も存在しないためどれだけ軽減されるのかはわからない。生きているということは一歩づつ死に近づいているということだと硯上さんも言われているが市に近づけば近づくほど人間は救いを求めて宗教に走るのかもしれない。

アマゾンのレビューでは出来損ないの官能小説だという辛辣なコメントも記載されていたが僕はそうは思わない。人間が人間であるためにもう一度自分というものを振り返るうえで様々な疑問を呈してくれる面白い本だと思う。このレビューを書いている今この時間でもどこかで宗教戦争が起こり、僕よりも若い多数の命が散っているのだろう。その人達は宗教など関係なく生きるために戦争をしているのかもしれない。しかし中には狂信的に信じている宗教のために、自分が信じる神のために戦争をしている人間もいるのだろう。人間はいつか死ぬ。僕もいつかは死んでいくわけだが、のうのうと生きていき信じる神も存在せずに死んでいく僕と、神のために死んでいく人間はどちらが幸せなんだろうか?答えは出ないだろうし全く意味が存在しない問いかけなのかもしれないが、考えずにはいられない。

この本では結論として戦争は望んでいない。作者は戦争を憎んでいるだろうし、手のひらで転がしている国や企業が全てなくなればいいと思っているように感じ取れる。今の日本が掲げている平和というものを憲法が改正しようとしているこの時にもう一度考えなおす意味でも読んでみるといいのではなかろうか。

シリアス+コメディ+ミステリが融合した作品 – アフタースクール

一言で言うと「人物調査の依頼をされた探偵が依頼を果たしていく間に起こった騒動」の話。大泉洋さんが主人公で、普段やられ役の大泉洋さんが結構かっこいい役になっていてなかなか興味深い。テンポよく話が進んでいくところや、伏線の回収が素晴らしく非常に面白い作品だと思う。シリアスに話が進んでいくのに途中からコメディタッチの話の流れになっていき、どういう結末で終わるのかと目が離せず、あっという間に終わった印象。

頑張ってもがいている人間を馬鹿にすることは格好悪い – 何者

「朝井リョウと加藤千恵のオールナイトニッポン」を聞き出して、朝井リョウのイカれた人格とサービス精神に惹かれてこの人が書く本はどういうものだろうと思って読んでみた。話の中身は一言で言うと「就活生の葛藤」なんだけど、読んでいて決してグロテスクな表現が出てくるわけでもないのに吐き気がしてくる本は久しぶりに読んだ気がする。いを鷲掴みにされて絞り上げられているような、心の奥底に誰もが持っているけど普段は隠している暗い部分、どす黒い部分をオブラートに包まずに容赦なく突きつけてくる。

自分が自分として確固たる信念で生きて行けている人間はほとんどいないと思う。苦悩、葛藤があり、周りにいる少しだけ自分よりも低く見える人間を馬鹿にしながら心の平穏を保っている。がむしゃらにあがくことすらもせずに、頑張っている人間と少しだけ距離を起き冷ややかな目線で「こいつらとは違う」と考える。頑張ることはダサいと思い、頑張っている姿を馬鹿にして自分が頑張っていないことを肯定するための材料とする。グラグラな自分をなんとか安定させようとつっかえ棒として使う人間は多いのではないだろうか。

この本ではグラグラな自分を隠さずに書かれている。ラジオを聞いている限り浅井さんは主人公よりの人間ではなかろうかと思う。そんな浅井さんが「頑張っている人間を馬鹿にするカッコ悪さ」を書いているのだから言葉の一つ一つが非常にリアルで気持ち悪い。この本を読んで吐き気がしたということ自体が、僕も浅井さん側の人間であることの証明なのかもしれない。

小学生の頃の葛藤と成長を思い出した一冊 – 漁港の肉子ちゃん

西かなこさんが出演していたラジオを聞いてこの人が書く物語はどういうものだろうとずっと気になっていた本。やっと読み終わることができた。この本は「お人好しの肉子ちゃんと子供の1年間の生活」を描いた作品なのだが、出てくる登場人物の描き方が非常に面白い。中村航さんの本を最初に読んだ時も思ったのだが、この人達が描き出す話というのは一見なんのへんてつも無い日常も素晴らしい話へと変わっていく。

小学生の時の自分は小さな町を世界の全てで、小学校にいる人間、しいて言えばクラスの人間が全人類と等価だった。小学校で嫌われないように振る舞い、ここで嫌われたら世界の人類全てに嫌われていると錯覚してしまいそうなほど小学生のときの小学校というのは日常の全てだった。その記憶を掘り起こしながら大人になったら大したことじゃないことで悩み苦しみ生きていたあの頃にちょっとだけ鑑賞に浸ることができた。

この作品を小学生の時に読んでもわからないだろう。ちょっと成長して自分の世界が広がった後に昔を思いながら読むと懐かしく温かい気持ちになれるんじゃなかろうか。自分の子供が小学生になった時にもう一度読みなおしてみたいものだ。

生々しい人物描画で思わず嫌悪感を覚える一冊 – 殺意に至る病

簡単に話をまとめると「猟奇殺人犯とそれを追いかける元警察官と猟奇殺人犯の母の複雑に入り乱れる心情を描いた作品」となるんだが、この心情の描き方が非常にリアルでエグい。殺人を神聖な行為だと勘違いし自分に陶酔していく殺人犯。元警察官の葛藤。自分の子供が殺人犯ではないかという疑いが段々と強くなっていく母親。全てが緻密に描画されており臨場感が強いため読んでいて嫌悪感を覚えるほどにすごい。

僕の年齢まで来ると自分の子供がもし殺人犯だったらという目線になってしまい、母親に感情移入して読んでしまった。自分の子供が殺人犯になったら僕は一体どういう行動を取るのだろうか。信じたくはないし、信じられないんだろうが、もし本当に殺人犯だったのであれば次の強行に及ぶ前に殴ってでも止めないといけない。しかしその行動を起こすということは自分の子供が殺人を犯さないという信頼を裏切るという行為にほかならない。もし間違いであったのであれば笑って流してくれるのか?それとも間違いを契機に自分の子どもとの信頼関係が崩れるのではないか?考え出せばきりがないが、殺人事件が現実で起こっているということはその殺人犯の親も存在するということで、その親に自分がならないという保証はどこにもない。もしそうなったらどうなるのか?ということをリハーサルするという意味でもこの本は読んでみるべきなのかもしれない。

最後に、一つだけ言っておきたい。この本を最後まで読めば必ずあなたは驚く。まさかそんなっと言わずにはいれないだろう。そういった驚きを求めているのであればそういった意味でもこの本はおすすめの一冊である。