自分は「中の上」だと言っている理由

まず、自分が上位グループに属していると考えてみる。そうすると、性格上色んな人を見下してしまいそうな気がしている。今までの経験上、人を見下して会話をすると大抵良いことが起きない。ただでさえ人を見下している様に取られることが多い方なのでこれは良くない。自分が上にいすぎると考えると努力する必然性も感じることができないのがあまり良くない。なので、自分が上位グループに存在していると認識するのは意識的に避けている。

次に自分が下位グループに属していると考えてみる。そうなると努力する必然性も出てくる。しかし、下位グループにいるということは、足を引っ張っているということと変わらない。性格上、足を引っ張っているというのはあまり好きではないので努力をするのだろうが、どこまで努力をすれば下位グループから脱却できたのかという保証は何もない。努力し続けても何も結果が出なかった場合、自分の無能感に絶望し精神的にあまり良くない。わざわざ好き好んで挫折感を感じたくもないのでこれも避けている。

じゃあ、自分が中間だと考えてみるとどうだろう。これは結構いい線いっている。周りを見渡せば自分より出来る人もいれば出来ない人もいる。大抵どんなグループに属しても指標を変えれば出来ることと出来ないことが別れる。何かで負けていても別のところで勝っていれば自尊心を保てるし、上位グループに進むためにも努力する必然性はある。けれど、努力しなかったとしても真ん中にいるのだからしないならしくても良い。ただ、自分が中間だと考えると、自分ができることを出来ない人間というのは必然的に下位グループに属するということになる。自分ができることを人が当たり前にできると考えるのは危険なのでそう考えるようにはなりたくない。

こう考えていくと、自分は中の上にいると考えるのが精神的にも他の人に接するときにもちょうどいいバランスなんだと思っている。自分より出来ない人には優しく出来るし、自分よりできる人には強いリスペクトを持てる。適度に努力をしなければなず、努力しなくて精神的に追い詰められることもない。世の中絶対値で評価できることなど、なにかのテストぐらいで他の人間力や才能は感覚値でしかなく自分が勝手に判断するしか無い。だから適当に自分が居心地が良い場所を探して勝手に言ってれば良いんだろうと思う。