集団的自衛権を考える上でも読んでみて欲しい一冊 – 教団X

西かなこさんや又吉さんなど著名人が今読むべき本をあげるとしたら?という問いに揃って答えているので興味をそそられて読んでみた。物語の内容を一言で言うのであれば「新興宗教の末路にまつわる人間模様」を描いた本だと思う。新興宗教を描いた本だけにこの本では宗教の話が色々登場する。人はなぜ生きていくのか?運命というものは存在するのか?神は存在するのか?そういう疑問を読者に投げかけ、宗教戦争の裏で行われているであろう国や企業による利益を得るための暗躍についてメスを入れている。

宗教は人間に何をもたらすのだろうか?宗教は人間が人間らしく幸せに生きていくために存在するものだと僕は思っている。周りの人間との不協和音を取り除き、自分がより高みに成長するために存在するものなのだろう。しかし、戦争のほとんどは宗教が絡んでいると言われていたりもするというこの現状を考えると幸せになるために信仰する宗教が人々を不講師にしているというのはなんという不幸なのだろうか。

人間は本能的に死を恐れる。人は死ねば無になるのだろうか?それとも死後の世界というものが存在しその人が生きてきた人生によってその後が決まるのだろうか?死んで戻ってきた人間がいない限り死後の世界に触れることはできず、全くわからない未知なる恐怖として人間には死というものが生きている限りまとわりつくのだろう。死の恐怖の軽減のためにも宗教というものは役に立っているのかもしれないが、僕は狂信的に信じている宗教も存在しないためどれだけ軽減されるのかはわからない。生きているということは一歩づつ死に近づいているということだと硯上さんも言われているが市に近づけば近づくほど人間は救いを求めて宗教に走るのかもしれない。

アマゾンのレビューでは出来損ないの官能小説だという辛辣なコメントも記載されていたが僕はそうは思わない。人間が人間であるためにもう一度自分というものを振り返るうえで様々な疑問を呈してくれる面白い本だと思う。このレビューを書いている今この時間でもどこかで宗教戦争が起こり、僕よりも若い多数の命が散っているのだろう。その人達は宗教など関係なく生きるために戦争をしているのかもしれない。しかし中には狂信的に信じている宗教のために、自分が信じる神のために戦争をしている人間もいるのだろう。人間はいつか死ぬ。僕もいつかは死んでいくわけだが、のうのうと生きていき信じる神も存在せずに死んでいく僕と、神のために死んでいく人間はどちらが幸せなんだろうか?答えは出ないだろうし全く意味が存在しない問いかけなのかもしれないが、考えずにはいられない。

この本では結論として戦争は望んでいない。作者は戦争を憎んでいるだろうし、手のひらで転がしている国や企業が全てなくなればいいと思っているように感じ取れる。今の日本が掲げている平和というものを憲法が改正しようとしているこの時にもう一度考えなおす意味でも読んでみるといいのではなかろうか。