ソーシャル性の濃さはゲーム性によって決めるべきだよね

これを読んでちょっと思ったので。

確かにおっしゃるとおりソーシャル性が薄ければ薄いほど新規の人は入りやすい。けどそれってやめやすいってことの裏返しでもあると思うんだよね。ソーシャル性が強ければ強いほど自分がやめると人に迷惑をかける、もしくは自分が人に役に立ってるっていう状況が出来上がって、それが辞めづらい状況っていうものを作り上げていくと思うんだ。だからグラフで書かれている初期獲得ユーザから後期獲得ユーザにつれてソーシャル性が高ければ下がっていくっていうのはそうかもしれないけど、ソーシャル性が高ければ高いほど継続日数は上がる事になるんだと思う。そう考えると、後期になればユーザ数は増えにくいけど継続しだすとずっと続くっていうのがソーシャル性が高いゲームだと考えられて、平均すると同程度のユーザ数・継続率に落ち着くんじゃないのかな。

もともとフックする材料がちがっていて、ゲーム性で楽しむ要素が強いものはソーシャル性を薄くしてゲームを楽しむことをフックに人を集めて継続してもらう。ソーシャル性はおまけ。コミュニケーションで楽しむ要素が強いものはソーシャル性を濃くしてコミュニケーションを楽しむことをフックに人を集めて継続してもらう。っていう違いなんだと思う。ただ、コミュニケーションで楽しむゲームでも本質となるゲーム要素が全く面白くなかったらそもそも流行らないから、ゲーム性もある程度担保しないといけないことになって、こっちのほうが作るのは難しいんだろうね。流行るものが出来ればソーシャル性が強いもののほうが根強い人気がでると僕は思ってるんだけど。

まぁ、何でもかんでも「ソーシャルを強くすれば人が集まって継続率が上がる!」みたいな考えは間違ってると僕も思う。人と人とのつながりはそれなりにコストが高い動作だからそれを全面に押し出すと使うのがめんどくさくなるのは目に見えて言えることで、人と人とがつながる必然性が無い状況で「継続率が低いから人と人をもっと結びつけてどうにかしてやろう!」みたいな安易な考えでやってるとやられるんだろうなぁ。