ラストが驚愕すぎて正しく伝わっていない映画 – シャッターアイランド

なんか色々なところで書かれているラストに驚愕の意味が違うんじゃないのかと思って書いてみる。ネタバレを含むというか終わり方の考察なのでまだ見ていなくてどういう結末なのかを知りたくない人は読まないほうがいいと思う。



驚きの結末の「驚き」の部分が「探していた囚人が実は本人である」という部分であるように色々なところで書かれているがそうではないはずだ。引き合いにシックス・センスやアザーズが出されたりするが本作の「驚き」の部分はそこではない。本当の驚きは「主人公はラストで記憶を取り戻している」ということだ。

この話は大雑把に言うと患者が自分が患者であることを忘れて疾走した患者(自分)のことを探し続け、最終的に精神科医の先生から自分が探していた患者であると告げられるとそのショックに耐え切れずに告げられたことを忘れてまた患者(自分)を探しだすというループしている話である。さらに映画でとりあえげられたのは何度もループした後でこれで精神疾患が治らなければロボトミー手術を行うことになっていた。ロボトミー手術を行われると自我がなくなり死んだように生きることになるため、精神科医は最後まで患者の記憶が戻ることを望んでいる。その祈りも虚しく最後に自分が患者であることを忘れて患者を探しに行くという行動を行いロボトミー手術をするために何処かへ連れて行かれるところで映画は終わる。

しかし、最後に主人公は「モンスターで死ぬか、善人で死ぬか」という発言をしている。モンスターで死ぬというのは自分が自分の妻を殺したことを理解したまま死ぬということ、前任で死ぬというのはロボトミー手術を行うことで妻を殺したということを忘れて死ぬということを表していると考えられる。もし、自分がすべての記憶を思い出したということを精神科医に伝えればロボトミー手術を免れることができるが、モンスターとして死ぬことになる。認めなければロボトミー手術を受けて全てを忘れて善人として死ぬことが出来る。この選択で主人公は善人として死ぬことを選ぶためにわざと全てを忘れたふりをしたとかんがえることが出来る。ここが本作の「驚き」の部分である。最後の数分で「忘れたことを伝える言葉」の後に発されれる「忘れたことを伝える言葉は演技であるということを伝える言葉」を発するが、精神科医は本当に記憶をなくしているのかを問いただすことなく主人公と逆の方向に歩き出す。この含みが素晴らしいのである。

本作は決して「探していた患者が実は本人だった」という単純な話ではない。最後の最後の一言だけで終わりに含みをもたせ閲覧者にこの後を考えさせるこの技術こそが「驚愕のラスト」であり面白い部分なのだと思う。