私があなたであなたは私で – プリデスティネーション

見た。最後に向けての怒涛の伏線回収はすごいと思う。

ざっくりあらすじを書くと「タイムスリップして爆発犯を探す話」となるのだけど、そんなことはどうでも良いと思うぐらい中盤から終盤にかけての話の引き込み方がうまいと思う。場面場面がなんでこんなシーンを流してるんだろう?という話の連続なのだけれど、点がつながった先に完成する絵を見た時には理解に苦しむと思う。がしかし、理解した時には驚愕といろいろなシーンの伏線がわかりそう。

もう一回見れば面白いのかなと思わなくはないけれど、もう一度みたいと思えるほどは面白くはない。しかし、この難解でありながらも挑戦的な仕掛けは体感して損はないと思う。

ボタンを押したら誰かが死ぬ – 運命のボタン

見た。あらすじは好きだった。

ざっくりとあらすじを書くと「押したら大金が手に入るけど誰かが死ぬというボタンが届いたら人間はどうする?」となる。ボタンを渡しにくる人間の顔が欠けているのが不気味さを増幅していていいんだと思う。こういう話が好きで見つけたら見てるせいか、設定も流れも終わり方も既視感がいなめない。こういう類の話を最初に見るには良いのかもしれないけれどよく見ている人にはあまりおすすめしない。

ボタンを押したら何かが起こる系だと「5億年ボタン」とか「スイッチを押すとき」とかが有名なので、この作品とどっちをおすすめするかと言われれば後者となる。どうしても大金と死を天秤にかけてしまうと知らない人と知ってる人だと命の重さに違いはあるのか?とか、どれだけのお金が人の命と釣り合うのか?みたいな主題になりがちで展開が広がりづらくてむづかしいのかも知れないなと思った。

苦手だった作家が好きになった – リバース

読んだ。今までに読んだ本の中でベスト5に入るぐらい衝撃を受けた。

ざっくりあらすじを書くと、学生時代に犯した過ちを告発された主人公が真相を探す物語になると思う。うだつのあがらない主人公が真相を探してもがいている様は明日に向かって進もうとしている人間の様に見えて非常に共感できる。最後に伏線を回収していくのは気持ちいいしなによりオチがすごい。そんなばかなっと読む手が思わず震えた。読了後の気持ち悪さはひどいわけだがそれを差し引いても呼んで面白かったと思える。リバースというタイトルの意味が最初はわからなかったが、妻と話をしていて「主人公は最初に戻ったんだよ」と言われて腑に落ちた。なるほど。彼はずっともがき続けるしかないのだろう。

この話には救いなんて無い。もがき続けた結果わかったことはじっと耐えるしか無いということなのだろう。すべての事柄が空想で終わっているはずなのにここまで気持ちよく、気持ち悪く終りを迎える本を僕は知らない。ぜひとも読んでもらいたい一冊だと思う。

何故か釈然としなかった – ピエロがお前を嘲笑う

見た。絶対騙されるっていうのはそういうことじゃねーよって思った。

ざっくりあらすじを書くと、ハッカーに憧れる少年がハッカーになる話なんだけど職業柄細かいところがきになってあまり話が頭に入ってこなかった。闇インターネットっていうパワーワードが頭から離れないのは僕だけじゃないはず。ハッカーとしての類まれなる才能が開花して様とか、人間を見せるのは非常にうまいと思ったけど、あなたは絶対騙されるっていう言葉のせいでがっかりしてしまった。最後に落ちがあるんだろうと思ってみるのと、そうではなく見るのでは全然違うと思うんだけれど、絶対騙されるってこの騙し方はねーよって思ってしまう。なんていうか、最終的に全部夢でした!みたいなオチは卑怯だと思うんだけどそれと似たような物を感じる。上手くピースがハマっているかのようで僕は何故か釈然としなかった。

こうやって文章を書きながら思い返していみると僕には余り合わなかったと言うだけで面白いと思う人はいるのかもしれない。見たい人は見ればいいと思うけど、僕はあまりおすすめはしない。

あらすじからしてイカれている – 殺人出産

読んだ。村田紗耶香らしい本だと思った。

ざっくりあらすじを書くと「10人子供を産むと1人殺すことが出来る権利を得ることが出来る世界」を描いた本になる。あらすじを読んだだけでイカれていると思うかもしれないが、ちゃんと本の中身もイカれている。村田紗耶香らしく問題作と題される作品になるのだろう。村田紗耶香という作家は性と生について常々疑問を持っているのだろう。不倫がいけないといか殺人が行けないというのは現代社会の常識であり、常識が変われば全てが許されてもおかしくないのである。この現代社会という枠組みをちょっとずらして考える事ができてしまうがゆえに、普通の人が考えもしない疑問を投げかけてくる文章を量産し続けている。

村田紗耶香という人が非常に気になり、この人が書いた本を色々と読んで生きたわけだが、最終的に息つくるところは「生と性」に対する疑問以外無い気がする。あなたが思っている常識はみんなが常識だと思っているから常識なだけであって、ちょっとずらしてみると常識じゃないのかもしれないということを突きつけられるのは非常に面白いのだけれど、この人が「生と性」から抜けた本を書くことはあるのだろうか。もし書くことがあるのであれば読んでみたいが、それまではお腹いっぱいなので読まなくても良いかなと思えてきた。それで言うと「コンビニ人間」は「生と性」がテーマではないからこそ直木賞を取ることができたのかもしれない。タブー視されている部分を書いてくれる作家というのは希少価値が高いのだろうが、一般受けはしないのだろうな。

複数の謎が見事に解けていく – がん消滅の罠 完全寛解の謎

読んだ。ガンというものを学ぶ上でも良いと思った。

ざっくりあらすじを言うと、「末期がん患者と診断されたことによりガン保険の払い出しを受けた人間が立て続けに完治(完全寛解)したことを不審に思った保険屋が、なにか不正があったのかを調査していく物語」となると思う。なぜ末期がん患者のガンは消滅したのか?もし有効な治療法を確立したのであればなぜその治療法を世間に発表しないのか?などの疑問が少しづつわかっていく過程は面白い。理系の考え方がとして、ありえないことが起こったのであれば、一つづつ前提から疑ってかかる必要があるというのはすごく納得できる。

なにか突飛な話なのかと思いきや、たしかに現実的に起こりうるのではないかと考え扠せられることがこの本の一番の怖さであり面白さではないのだろうか。何となくこうなるだろうと思っていた結末とは違ったのだが、してやられたと思うほどではなく現実に起こりうるラインなことに市松の恐怖を覚えてしまう。この本では複数の謎が少しづつわかっていく様になっており、最後の最後まで謎が残っていく。しかし、最後の謎解きが一番インパクトが低かったのがちょっと残念だった。それいる?って思わず思ってしまうほどだったのだが、他の人はどう思ったのだろう。気になるところではある。

荒廃した世界で果てなき旅を – Fallout 4

クリアした。色々出来るけど出来ることが多すぎて何をしていいかわからなかった。

本作はオープンワールド好きなら一度は聞いたことがある作品だと思う。「核爆弾が落とされ荒廃した世界をさらわれた息子を探す」というのがざっくりとしたあらすじになるけれどあらすじはあってないようなものでなんでもできる。街を自分好みに作り変えたり、荒野にはびこっている敵を殲滅したり、放射能で異常に成長した動物を狩りまくってもいい。本当になんでも出来る。裏を返せば何をしていいかわからない。いく場所は決まっているけど行かなければならない時間も手段も決まっていないようなもので、どれだけ道草をしてもいいし、どんなルートを通ってもいい。もちろんこう進めばいいという作者の意図はあるんだろうけど、僕がそれにのって移動したのかは全然わからない。自由度が高いだけに難しい。なので、もし僕がもう一度この作品をやるんだとしたらしっておいたほうがよかったなとおもうことを書いておこうと思う。

まず最初に僕がハマったのはレベル上げだ。このゲームには基礎能力と特殊能力が存在する。特殊能力は基礎能力がある程度上がっていないと覚えることができないのだけれど、僕はこの「ある程度」を勘違いしていた。

これがレベル上げをするときの画面になる。一段目が基礎能力で2段目以降が特殊能力で、基礎能力を上げる毎に特殊能力が下に進んでいくことが出来る。つまりLV3の基礎能力があれば、4段目の特殊能力まで覚えることが出来るわけだ。しかし僕はこのUIを見てその段を最大まで上げることで次に進めるのだと勘違いしてしまっていた。一つの基礎能力を最大まで上げてようやく次かと2段目をあげようとした時に違和感に気づき、それから特殊能力をあげだしたわけだけどこれがかなりのロスになる。最初から特殊能力を上げていればもっと楽に進むことができたと思うので気をつけてほしい。大抵の人は最初から気づくとは思うが。。。

次にこのゲームは弾が足りなくなる。銃によって弾の種類が色々あるのだけれど、弱い銃の弾はいっぱい手に入るけど強い銃の弾はすぐに無くなる。建物に落ちてるやつとか敵を倒して追い剥ぎしたりとか色々な場所に弾は落ちているけれどすぐに足りなくなる。これをどうやって解決するかというと非常に簡単で色んな人から弾を買えばいい。落ちてるものを買うのが癪に障る僕は途中まで弾を買わずに進んでいたのだけどすぐに足りなくなってしまう。そうなると普段使っている強い銃ではなく弾がある弱い銃を使って進まざるえなくなり非常に効率が悪い。なのでいろんなところで売っている弾は買ったほうがいい。後、ヘアピンはあって困ることは無いから安いしあるだけ買っていいと思う。

そしていざ弾を買おうと思った時に困るのが金が無いということだ。金策としてよく言われるのが「水を売る」というものだけど、こんなことしなくても敵が落とした防具やら武器やらをもって返って売ることが出来れば十分に足りる。そう、もって変えることが出来れば、十分に足りるのだ。このゲームには重量の概念があり、無制限煮物を持つことができない。物を持ちすぎるとファストトラベルもできなくなるし走ることもできなくなる。そして、高く売れる武器や防具は重い。必然的にもって帰ることが出来る武器防具は限られてくるためお金が足りなくなる。もって帰れるものを多くするために持っていくものを少なくすると今度は弾が足りなくなる。こっちを立てればあっちがたたず。どっちも取れない辛さを味わうことになるので「水商売」を演る人が多いのだろう。

しかしだ。劇的に持てる荷物を増やす方法がある。それは、仲間に荷物を持ってもらうことだ。仲間には物を渡すことが出来るのでそれを利用して不必要で高く売れそうなものを仲間に持たせて街に行ったらもたせた荷物を戻してもらって売っぱらえば良いのだ。これで持てる荷物の量は2倍になる。僕はクリアした後に他の人のプレイ動画を見ることでしったのだけれど、これを知っているか知らないかではぜんぜん違うんじゃないかと思う。

本作品はちょっとした本編と膨大なサイドストーリーと広大な箱庭でやりたいことをやるゲームだ。家を立てて自分の陣地を襲ってきた敵を排除して、強い武器を求めて世界を彷徨いながら新たな発見をしていくんだと思う。GTAとかウィッチャーが好きな人ならきっと好きなのだろう。僕はもうちょっとコンパクトで枷があるゲームのほうが好きなようだけれどそれでも途中までは熱中してできたので面白いのではなかろうか。

https://www.youtube.com/watch?v=2r9xXdI676M&list=PLtWZQH-E_-OY5MnXiJJe56NmE6lIZP_O1

ツチヤタカユキはきっとやってる – 笑いのカイブツ

読んだ。圧倒的な熱量と圧倒的な絶望が記されていた。

僕は5年ぐらい「オードリーのオールナイトニッポン」を聞いているリトルトゥースなのだけど、この番組を聞いている人なら知っているであろう「ツチヤタカユキ」が本を出したと聞いたら読まずにはいられないだろう。あの、ツチヤタカユキが本を書いているのだ。若林さんが話している内容しかしらないが、一日にボケを2000個ひらめき、隣を歩いているだけで注意をされ、渋谷駅の岡本太郎の絵を一日中見ていたという変人。これが僕のツチヤタカユキのイメージだったがこの本を読んでもその印象は変わらなかった。変わらないというより、僕が持っていた印象を更に凝縮して凝縮して凝縮したものがツチヤタカユキなのだと感じた。

この本に書いてあるのは圧倒的な絶望だ。お笑いに狂い、お笑いのためだけに自分の能力を特価させ、お笑いのためだけに仕事をしていた人間が、芸能界というお笑いのトップが集まるであろう場所で、人間関係不得意という理由で排除される絶望がただただ記されている。何かを極めるためには何かを擦れるしか無い。ツチヤタカユキはお笑いを極めるために人間関係を捨てたのだろうが、その捨てた人間関係のせいでことごとく失敗していき、能力で秀でれば勝てるであろうお笑いの世界でも捨てた人間関係で排除される。能力を上げるために捨てたもののせいで、上がった能力が評価されないというのは皮肉以外何者でもない。お笑い以外の全てをすてて脇目もふらず進んだせいで気づいたときには後戻りできず、不必要だと削ったものを使って自分よりも能力が低いであろう人間が評価されていくのを見ていくのは絶望以外ないのだろう。

この本に書いていることは誰しもが少なからず感じることだと思う。自分が得意だと思っていたことで自分は天才だと浮かれていたら、世の中に出ればそれは普通より少しだけ上なだけで普通の範囲を出ていないということが少しづつわかってくる。少しづつ少しづつ自分は普通だと認めざるえない状況になっていくのだけれど、それを認めるということは自分のアイデンティティーを否定するということと同義で、自分自信が否定されていくような感覚を覚えていく。普通の人間なら得意と思っていることは多数に分かれていて、一つが否定されたところで壊れはしない。しかしツチヤタカユキという男は全てをお笑いにかけていたのだ。そのお笑いというもので認められなければ、いろいろな理由をつけて自分の能力が低いわけではなく自分を評価しない世の中がおかしいと考えるのは至極当然のことなのだが、少しづつ「本当は世の中が認めないのがおかしいのではなく、自分の能力が足りないだけではないのか?」という疑問がわいてくるのだろう。それを押させつけて押さえつけていたものがはじけ飛んだ時がツチヤタカユキが絶望する時なのだと思う。

ただ、この本で度々出てくるわけだが、ツチヤタカユキは自殺する時はお笑いの教科書を作って死んでいくと言っている。お笑いの教科書的なものをブログでもなんでもいいから公表してからお笑いをやめると書いているのだ。僕の耳にはまだツチヤタカユキがブログを書いたとか、お笑いの教科書を書いたとかいう話は届いていない。ということはまだツチヤタカユキは絶望していないにも関わらずこの本を書いたということになるわけだ。そんなツチヤタカユキに僕はこう言いたい。

ツチヤタカユキ、お前やってんな!

天才的な凡人が紡ぐ恋の話 – ハニービターハニー

読んだ。文章が上手だなと思った。

僕は「朝井リョウと加藤千恵のオールナイトニッポン」で加藤千恵という人を知って、それから「真夜中のニャーゴ」をちょいちょいみるようになったぐらいの加藤千恵好きなんだけれど、今までずっとこの人が書いた本を呼んだことはなかった。「真夜中のニャーゴ」では知り合いの作家さんが出てきておすすめの本を紹介したりとかするような番組でこの番組に出てくる人の本はたいてい読んだことがあったわけだけど、なぜか加藤千恵の本だけは読んだことがなかった。一番大きな理由に表紙が少女漫画のようで、あらすじも少女漫画のようだからあまり好みではないのだろうというのがあるんだけれど、もう一つの理由として加藤千恵は普通だっていうのがある。作家さんは変わった人が多くて色々な人の話を聞いていると価値観が非常に変わっているので、この人が紡ぎ出す話はどんなものだろうと作家から興味がわいて読んだ本は結構ある。しかし、加藤千恵は良くも悪くも普通だと思う。なんというかバランス感覚が非常に高くて誰がどうしたら怒るとか、そういう観察眼は非常に優れているのだけれど、そこから独自の価値観を生み出すというわけではなく普通なのだ。バランスが崩れた人たちの中にいるにも関わらずバランスを取り続けているのはすごいわけだけれど、そこから出てくるものは標準の域を出ず、わかりやすくすっきりと入ってくる文章を書くんだろうと思うとなかなか手が出なかったというのがある。

そしていい加減読もうとこの本を手にとって見たわけだけれど読んだあとも印象は変わらなかった。非常にきれいな文章で非常にうまく描写をしていてうまいこと物語を紡いでいるけれども標準の枠を出ないというつらさ。この本は「ハニービターハニー」という名前どおり恋愛の甘さと苦さが同居する瞬間を描いている短編集だと思うんだけれど恋愛といえば苦さと甘さが同居するという標準的な考えと苦さと甘さの完璧なまでの混ぜ合わせ方。非常に標準で誰もが理解しやすく天才的なバランス感覚で書かれていて良く言えば理解しやすくすんなり読めるけれど悪くいうと面白みが少ないといういかにも加藤千恵っぽい本だなと思った。僕は熱量がある本が好きなのであまり好みではなかったが好きな人からは圧倒的に好かれる本なのではなかろうか。恋愛といえば甘さと苦さという普通を味わいたければおすすめできる一冊だと思う。

どこに面白みを感じればいいのかわからない – 人狼ゲーム クレイジーフォックス

見た。面白くないだろうなと思ってみて、本当に面白くなかった。

映画のあらすじは「現実世界で人狼ゲームをやる」っていうだけで非常にわかりやすい。どうもシリーズ物らしくて、これは三作目。村人の話、人狼の話、狐の話という感じで1作品毎に役割が変わっていてその役割の動きを描いているらしい。「目が覚めると知らない場所」「なぜか首輪されている」「外にはでれない」というよくある設定のオンパレードがB級映画好きとしては心躍ったわけだけど、人狼ゲームのくせに心理戦が全くない。人狼側と狐側の話しかなくて、霊媒師とか預言者とかの動きは皆無と言っていい。まじで空気。なんもない。一作目、二作目と続きとして見ていけば同じような流れだったから割愛されているという可能性はあるかもしれないけど、それにしても空気すぎる。2つの視点で殺し合ってるだけだし、オチもなんだよそれって言いたくなる感じだし首輪しまって死んでいく拙い演技を見るのが好きな人ぐらいしかターゲットになりえないんじゃなかろうか。

もしこの映画を見てみたいという物好きがいたら人狼というゲームを知らずにこの映画を見ると全くわからないまま終わりそうな気がする。まぁ、役割を知っていても面白くないという結果は変わらないと思うけど知らないよりもマシだとは思う。